ブログの新規連載について (09月20日)

ご無沙汰しております。
この度、次のようなブログの連載をはじめました。
従来のブログをより分かりやすく細分化したものですので、読み易くなったものと思います。どうかお読みください。
 
教育と子育てについてのエッセイU
http://yellow.ap.teacup.com/hagihirano/
 
初孫Leoの成長記          http://blog.goo.ne.jp/michiruyana/
 
FocusU ニュース・バラエティhttp://ameblo.jp/hagihirano/
 
バレエ・ダンス鑑賞記    
http://hagihirano.jugem.jp
 
人生の折節:学ぶこと/働くこと
http://michiruyana.jugem.jp/
 
賢く生きる120章
http://michiru-rieko.jugem.jp/
 
追って、下記の管理人様より紹介のありましたブログについては終了しましたので念のため。

 

管理人より (07月24日)

長らく連載していただいておりました「教育と子育てについてのエッセイ」ですが、連載を終了いたしました。
長期にわたっての連載、ありがとうございました。
引き続き、以下のブログをご覧下さい。
 
「教育と子育て、時々バレエ」
http://blog.livedoor.jp/hagihirano/
 

中日新聞平成17年2月9日[発言]掲載「輝く月の石親子で楽しむ」 (05月20日)

官庁に勤めていた私は1970(昭和45)年4月名古屋から大阪に転勤になった。
幸運にもこの年、大阪で万博が開催され、私と妻及び2歳の長男は足繁く万博を見に行くことができた。一方、愛知県に居る親戚兄弟らは、一泊2日の行程で万博見学にやってきたが、すべて私の宿舎に泊まりゆっくり見学できた。「万博転勤」と言われた所以である。
万博会場に赴くと、少々グロテスクな「太陽の塔」が出迎えてくれ、会場はいつも満員だった。
人気パヴィリオンに入るのに1−2時間を要し、長い列を作って待った。最も人気のあったのはアメリカ館の「月の石」であった。月に着陸したロケットで採取して持ち帰ったと言う数個の小石がスポットライトを浴びていた。
 しかし、このときは各国が互いに科学技術を競い合うような傾向にあり、自然破壊や、自然と人間との調和などには目が向けられていなかったように思う。愛知万博では後者が見直され、それがテーマに取り入れられた。
 

幼児とお年寄り (05月15日)

2歳になる孫が、家の中を遊び歩いており、91歳になる老母の部屋の前にさしかかると、ひょっこり、老母が顔を出すことがある。其の時の老母の様子はいつもの寝たきりとは全く違い、活き活きしたまなざしで孫を見て、頭を撫でようとする。耳は全く聞こえないのに、「いい子、いい子」を連発し、片言を話す孫と意気投合している。2人は互いに笑顔でで、とてもいい雰囲気なのである。同じようなことは、嫁の実家の遠野に孫を連れて行ったとき、寝たきりの義父が、孫を見て立ち上がったと言う話を聞いた。この世に生を受けたばかりの若々しい生命と追い先短い生命とは互いに補充しあう何かがあるようだ。
お年寄りにも、孫にも手がかかるが、孫は其の幼く可愛いい姿が自ずと、養育欲求をそそるが、お年寄りの場合には、憎まれ口も聞くし、汚物の世話など決してきれいではない。そうした幼児とお年寄りが、絶妙のバランスを見せるのは生命の根源的なものに由来するもののように思えてならない。

 

最優秀賞法務大臣賞 中学生の部 明るい社会を目指して 要約と考察 (05月13日)

(原文:掲示板スレッドNO,874)
これは、中学3年の少女がこれまで家庭環境の激変に遭遇し、無断欠席や不登校にもなりながら、大きく逸脱することなく、現在にいたった姿を描いたものである。
 そして、非行に走った少女達が皆寂しい家庭環境に育ったと指摘している。でも、独り親家庭や複雑な問題をかかえた家庭の子が皆非行に走る訳ではないとする。
 
この少女の父母は、少女が幼稚園に入る前に離婚し、母が夜の仕事につくと、二日酔いのためか、幼稚園への送迎ができなくなり、少女は小学校に入って後まで無断欠席を繰り返した。
然し、担任の先生が我が家の事情に気付き毎朝友達に、迎えに行くよう頼んだところから、少女は学校に通いだす。
 
小学3年の時、母が再婚し、転校すると少女は不登校になった。
でも、このときも、担任の先生が声を掛けてくださり、登校するようになった。
 
義父が亡くなり、母は浴びるように酒を飲んで、泣き暮らす日々で死にたいともらす日々だった。
でも、少女は学校生活で、何人もの素晴らしい先生方との出会い
に恵まれ、部活に生徒会にと頑張ることができ、学校にいるときが一番楽しかった。
 
ここまでが、少女自身のことである。不登校など3度の危機に遭遇しながらも、これを克服できたのは、先生との出会いのお蔭であると言う。後日、母が突然PTAの副会長になるが、少女の小学校時代は学級代表だったことも思い出し、母は母なりに愛情を注いでくれていたことに気付く。
 
非行に陥ってしまった少年少女には、もしもっと早く、親だけでなく、身近な大人の愛情との出会いがあれば、非行に走らなかったのではなかろうか。愛し愛されることを躊躇せず、大人は子供に声をかけ、愛一杯の社会にしたい。
 
考察:少女は一時不登校におちいるが、これが素質的なものでなく、環境的要因によるものであったため、外からの働きかけにより、間もなく再登校出来たものと思われる。ただ、ここで良い友達に恵まれたことも忘れてはならないだろう。大人と過ごす時間よりも友達と過ごす時間の方が遥かに長いからである。
 
この少女もそうであるが、母親にもかなりの復元力がある。この母を少女は見直し、その愛情を再評価する。
 
なおこうした文章を書く少女は洞察に長け、そこに意味を読み取ることができる子だからこそである。

 

孫:婆より爺 (05月12日)

孫は大抵いつもの時間になると私を誘って奥の8畳間に行くのです。そこで、なにをするかと言うと、運動会です。8畳の中を、孫が先頭に走るのを私が追いかけるのです。孫はけたけた笑いながら追いかけられ役です。私が何とか追いついて、孫を捕まえるとさらに大声ををあげて笑います。そこで私は「そら、行け!」と言って背中を押してやります。そこで孫は又走り出し、同じ様なことが延々と繰り返されます。
それに飽きると、私に幅跳びをやれと言うので、思い切って飛び上がって、大体、畳の隅から隅まで手を振って飛ぶのです。孫は最初それを見たときには顎が砕けそうに大笑いし、更に、其の弾みにこけようものなら、顔をくしゃくしゃにして大笑いします。
私は、孫の前で「もう1回」と言ってはせかされ、何度もやっているうちに婆が「床が抜けるでやめよ」と言って来ます。それを、孫は「バイバイ」と言って追い払うのです。男同士の遊びが
よほど面白いらしいのです。
それでも、頭でも打って泣き出しそうになった時に行き先は婆のところと決まっているから面白いのです。
 

トピック:今日の名言から (05月10日)

今日の名言★
 
 少年を暴力と厳しさによって教え込もうとするな。
 
  彼の興味を利用して指導せよ。
 
   そうすれば自分の能力がどこに向いているか、
 
    少年自身で見出しやすくなる。
 
                 <プラトン>
 
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中日新聞平成17年1月11日[発言]掲載「「元気くん ーー時代の違いを前提にして読む」 (05月10日)

 先に中日新聞連載の漫画「元気くん」に不快の念を抱いた投書が掲載されました。この投稿者と私は丁度20歳違います。
 母親が子どもの頭を小突くことは、私の子どもの頃は珍しいことではなく、世代の違いを痛感させられました。
 「元気くん」の物語は、私の子どもの頃とぴったりです。
みんな貧しく中学校を卒業すると、殆どの生徒が就職するので、勉強らしい勉強もせず、のびのび生活していました。時にはいたずらして、野良猫や蛇を殺したり、友達と殴り合いの喧嘩をしても、すぐ仲直りしました。
 その頃は、お母さんが行儀の悪い子どもの頭を小突いても、別にとがめられるようなことはありませんでした。又、喫煙についても大らかでした。今日のように健康被害が叫ばれていなかったので、私は大人の人が吸う煙草の臭いが嫌いではありませんでした。
 このように「元気くん」は投稿者が生まれる前の状態を描いたのだと言うことを前提に読む必要があると思います。
 ところが、今はこの頃平気でやれたことでも、次第に「いけない」「いけない」と言われて、子どもの心の奥に潜む残虐性を表出する機会が抑え込まれてしまった結果、自閉、不登校、殺人などと異常な方向に走る傾向が見られます。
 

かみさま (05月05日)

かみさま
          いちねん  やましたみちこ
 
かみさまはうれしいことも
かなしいこともみなみています
このよのなかみんないいひとばかりやったら
かみさまもあきてくるんとちがうかな
かみさまが
かしこいひともあほなひともつくるのは
たいくつするからです
 
※前にどこかで読んだ記憶がありますが、今読んでいる河合隼雄
著:子どもの宇宙 から引用しました。
 

孫:我慢はじめ (05月05日)

3,4,5日と三河一宮のお祭で、今日私達夫婦、長男夫婦及び孫の5人で出かけました。
何十という屋台が連なっており、さすが三河一宮と言われるだけのことはありました。
風車が売っている店が数件並んでおり、孫は始めて見る沢山の風車に興味深々でした。一軒の店の前で風車を見て居て、次の店に移動しようとしたら、一軒目の店員さんが孫を抱き上げてしまい、「僕どれにする?」と尋ねたので、私の気に入った一本を「これにする?」と尋ねると、「はーい」と大きな声で返事をしました。
風車を買った後、おもちゃ屋さんをのぞきました。3両つなぎの列車が気に入って、何時までも遊んで居て動こうとしませんでした。そこでその列車を買ってやれば、どおということないのですが、似たようなおもちゃは家にもあり、そこは泣いても怒っても
切り離して連れ帰らねばなりません。お嫁さんが引きずるようにして孫をおもちゃから切り離し、歩き出したのですが、孫は何度もおもちゃのほうに引き返そうとします。
ここが、我慢のさせどころ、何でも買ってもらえると思っては
いけないからです。
然し、そんなことはすぐに忘れたかのように、次の場所に歩き出しました。
 

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