ためになるお話 18 09/20(Tue)

『 そっとしておくのも大事 』
              ー『こころの子育て』河合隼雄よりー         
 
 人間というのは、自分の世界に踏み込まれるのを、ものすごく嫌うものです。悩みを抱えているときなんか、特にそうですね。ところがそれを親が子どもによくやってしまうんです。子どものことを思うあまりに、その世界に踏み込んでしまう。「なんで泣いてんの?」とか「早く言いなさい」とか、かまってしまう。しまいには「泣くな!」とか「やかましいっ」と怒ったりする。
 それよりも、泣きたいだけ泣いてもらって、「あとでこっちにおいで、一緒にご飯食べよう」っていう方がずっといい。いかに親子でも兄弟でも、そんな直接的には癒(いや)せないことがあるんです。
 それと、親子の場合は、どうしても「うちの子はこんな子だ」と決めつけてしまって、それによって子どもの可能性をふさいでしまうことが多いんです。 
 人の心はほんとうにわからない。それなのにみんな「わかった」と思いすぎるんじゃないでしょうか。優等生でも大丈夫でないかもしれないし、フダつきの非行少年だって明日はよくなるかもしれない。だれもが未知の可能性を秘めているんです。
 親のカンが冴えていたら「ここは言わん方がいい」とわかるはずです。そっとしておくことも大事です。「これからこの子はどんな道を歩んでいくのだろう」という気持ちで、見ていたらいいんです。
 
       
そっと見守る親のゆとりを
 

HIDEのコメント 09/10(Sat)

 HIDEのコメント 2   子どもは宝
 

 「人生において、子育てほど有意義なものはない」と言いたいのですが、北方謙三の小説にある次の文に触れると、「子育てだけが人生ではない」と考えたい気が起こります。さて、意義ある人生とは?
 
「亜美が泣いていた。牧子がオムツを替えているところだった。
 私は亜美を受け取り、胸の中でしばらくあやした。亜美は、眠り始めた。牧子が苦笑している。あやすのは、私の方がうまそうだ。
 自分は父親なのだ。何度も実感したことを、改めて思い返す。今のまま会社をやっていれば、そこそこの生活はできるだろう。人並みの幸福というやつを、女房や子供に与えることもできる。そして、老いてゆく。その人生がいいのかどうかは、自分の気の持ちようによって決まるのではないか。
 いいと思えば、それでいいのが人生に違いない。
 しかし、落ち着かなかった。なにかが、いつも心の中で揺れている」

       
 

ためになるお話 17 09/02(Fri)

『 子どもに楽しい思い出を 』
                    ー増田明美よりー  
 
 マラソンの増田明美さんは、子どもが家族または友達や近所の人と一緒に過ごすことの大切さをうったえています。お宅はいかがでしょうか。
 
 子どもは、できるだけ家族と一緒に長い時間を過ごしてほしい。家族とのふれあいの中で吸収するものってかけがえがないと思うんです。
 私は一人暮らしをしていますが、気持ちの晴れないときもあります。でも、子ども時代に祖父母や両親と一緒の時間を過ごしていたら、大人になって悩みにぶつかったとき、人に相談する気持ちになれる。「自分は一人じゃない」って、そう思えることってすてきです。
 私の実家は専業農家で、両親が忙しかったせいもあって、おばあちゃん子でした。本当にいつも一緒でした。あのころの楽しい思いは大人になっても心にずっと残っています。私にとって「心の中のリゾート」。縁側、ひなたぼっこ、ミカン・・・。あのころの情景を思い出すと、自分の中の優しさが引き出されるのです。
 親や祖父母といつも一緒というのが難しければ、友達や近所の人たちとのふれあいを楽しむ子になってほしい。そこから世界が広がると思います。
 今は、うつむき気味で、独りで背負って、考え込んでしまう子が多いようで気になります。
 
  
家族との楽しい思い出が、子どもの心を育てる 
 

ためになるお話 16 08/22(Mon)

『 悩める人々への銘 』
                ー中日新聞編集局デスクよりー  

 南北戦争に従軍した南軍の兵士の作といわれている詩を再度お読み下さい。子育てのためだけではなく、自分の人生の指針として、心に秘めたいものです。
 
 「大きなことを成し遂げるために、強さを与えてほしいと神に求めたのに 謙遜を学ぶように 弱さを授かった」

 「偉大なことができるように 健康を求めたのに よりよきことをするようにと 病気を賜った」
 「幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった」
 「世の人々の賞賛を得ようとして 力と成功を求めたのに 得意にならないようにと 失敗を授かった」
 「人生を楽しむために あらゆるものを求めたのにあらゆるものを慈しむために 人生を賜った」
 「求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた 私はもっとも豊に祝福されたのだ」(作者不詳)
 

         
さて、子どもには何を与えたら!
 

HIDEのコメント 08/16(Tue)

 HIDEのコメント 1 子どもは宝
 

 「人生において、子育てほど有意義なものはない」と言うと、自分自身でも、そう言いきっていいかなあと思います。
 しかし、やはり「子育てほど有意義なものはない」と言いたいです。
 
 息子と娘が1人ずついます。
 息子が小学校高学年から中学卒業まで、娘が中学3年から高校卒業まで、色々反抗され、「子どもなんかいらない」と、何度か思いました。しかし、今は息子や娘がいて、本当によかったと思っています。
 
・息子と飲み屋で、焼酎のオンザロックをあおりながら、四方山話をするのは至福の一時です。
・飲み過ぎだと言っては、私に意見をする娘に「やたらと大人に指示するな」とは言いながらも、ありがたく思っています。
・息子の家族も、娘の家族も、私たち老夫婦が体調を崩したときなど、うるさいほど心配してくれます。
 
       
       子どもって本当にいいものです! 
 

ためになるお話 15 08/01(Mon)

『 自分の経験を話題に 』
                ー『こころの子育て』河合隼雄よりー  
   
 あるお父さんが相談にきて、「私は苦学力行してきました。それなのにうちの子は、これだけ恵まれていながら全然勉強しないんです」と嘆くから、「お父さんは、勉強したかったからしたんでしょう?そやけど、お宅のお子さんは勉強したくない。それなのに家庭教師が4人も来たら、これこそ“苦学”と言うんではないですか」と言ったんです。
 昔だったら、自分の経験をそのまま誇れたんです。ずっと農業を営んできた家なら、「ああ明日は雨が降るだろう」とか言ったら子どもは感激する。自分の人生そのままの形でいばれたんです。「おれは金がなかったのになんとか切り抜けた」とか「食うや食わずの生活で苦労した」とかね。しかしいまはそんな表面的なことで自慢したって話にもなりません。お金も食べ物もあるんですから。
 それでも子どもに自分の経験を自慢したければ言ってもいい。けれどそのときには、自分が言うだけではなく、子どもが何を言ってくるかを聞くことです。たとえば、「お父さんは参考書を人に借りてでも勉強したんや」と言って、子どもが「そんなしゃうもない」とか言ってきたら、「へえ、ほなおまえはどう思うねん」と聞き返したらいいんです。そうしたら子どもが何かしゃべりだして、そこからいろんな話が出てきます。
 子どもも言えるようにしておく。そうすれば、子どもと話をするきっかけになるし、けっこうおもしろいですよ。
 
        
自分の経験を話題に,子どもにも言わせて
 

お休み終わり 08/01(Mon)

いい機会に充電できました。
子どもは宝であると念じつつれんさいをつづけます。
よろしくお願いします。
 

ためになるお話 14 05/17(Tue)

『 一言がビッグ・ボブを変えた 』
                ージョン・ギャスライトよりー  

 彼の呼び名は「ビッグ・ボブ」。彼は20代の後半、モーターサイクルギャングのメンバーに入り、夜はバーでお酒を飲んでケンカをし、麻薬でも何でも悪さは全てしてきた。その彼もある日、ある人に出会ったのがきっかけで、人生をやり直すチャンスを見つけたと言うのです。
 その人はコインランドリーで会った一人のおばあさんだったのです。ボブはいつもの仲間とコインランドリーに行き、洗濯をしていました。そこで昼間なのにビールを飲みながら仲間とたむろしていると、怖がってだれも入ってこないのに、背の低いおばあさんが堂々と入ってきました。
 ふざけていた仲間も、おばあさんを見て笑いました。ボブも立ち上がり、ドアのところで、あばあさんに「あばあちゃん、おれたちの洗濯を手伝いに来てくれたのかい
?ハハハ・・」と笑うと、おばあちゃんは言いました。「あんた、ちょっとここにいるのは間違っているよ。私には分かるよ。ほら、本当はすごく心の優しい人だろう?いつまでもこんな事していないで、早くお前さんを待っているところへ行きなさい。私は高校の先生をしていたから、お前さんみたいな子どもをたくさん見てきた。だから本当のワルとそうじゃないのはわかるよ」。そう言って、おばあさんは消えて行きました。
 その夜から、ボブは、おばあさんの言ったことを思い出すようになったのです。
 現在彼は、ケアホームで看護をする、男性版の看護婦を勤めています。
 彼は、「すっかり渋皮がむけて、ばあさんの言っていた優しいおれが出てきたよ」、「あの時気づかせてくれた、ばあさんに毎日感謝している」と、本当に優しい目をして言っていました。

        「心に届く一言を」
 

ためになるお話 13 05/07(Sat)

『 ノーベル賞受賞者の子ども時代 』          
                    ー中日新聞よりー

 日本の受賞者たちがどんな子どもだったのでしょうか。
 白川英樹さんは岐阜県高山市の野山で昆虫採集をするのが好きでした。同じ化学賞の福井謙一さん、物理学賞の朝永振一郎さん、平和賞の佐藤栄作さんも虫や魚を捕まえるのが好きでした。
 虫は虫でも”本の虫”だったのは文学賞を受賞した川端康成さんと大江健三郎さん。川端さんは小学校へ入る前に両親が亡くなり、寂しさを紛らすために本を読んだようです。また大江さんは愛媛の山の中で、おばあさんから昔話を聞きながら育ちました。9歳のころ父を亡くし、母が与えてくれるスエーデンの本「ニルスの不思議な
旅」がお気に入りだったと、ノーベル賞授賞式後のスピーチで語っています。
 物理学賞の湯川秀樹さんの場合は、おばあさんが何時間でも積み木遊びに付き合い、おじいさんが「論語」など中国の道徳の本を教えたそうです。「親子でめざせ!ノーベル賞」の本を書いた鈴鹿医療科学大学教授、石田寅夫さんによると、夢中になれる何かを見付けることと、「なぜ」と疑問に思ってみることが大切だそうです。

     
子どもの「なぜ」に付き合う。
         夢中になれるものをもたせる。
 
 

ためになるお話 12 04/27(Wed)

 思春期までに親として 』
               ー『こころの子育て』河合隼雄よりー
 
 思春期は大変な時代です。ある意味で言うと、子どもがとても繊細な子だったら、親がどんなふうにしていても、なにか起こるでしょう。思春期になってからどうこうでは遅いわけで、力を発揮するのは、それまでの人間関係の貯金です。 
 子どもが小さいころ、せっかく親に話をしようと来ているときに「うるさい!」と言って放っておくのと、「へえ!」と感心して聞いてくれるのとでは、関係のあり方が全然違うでしょう。
 たとえば「学校でいじめられている」と親に言うのは、子どもにとっては敗北なんです。自分を「負け犬」と認めるようなものでしょう?だからたとえ負け犬であっても、親は自分を認めてくれるという自信がなかったら、言えないですね。そして「いじめられて困っている」と子どもが言ったときに、「何を言っているか!おまえがしっかりしてないからだ」と言い捨ててしまうようでは親としてはダメなわけで、「どんなに失敗しようが、どんなに負けようが、おまえはうちの子だから」と言える関係ができているかどうか。これがすごく大事なことだとおもいます。
 どんなにダメでも絶対捨てられない関係が親子なんです。思春期でうまくいってる場合は、それまでの貯金です。
 
  
親と子の、何でも言える人間関係
 

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